子供たちの小麦・小麦粉コーナー

みんなの小麦粉研究室

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小麦粉の歴史学

ルーツはメソポタミア
 世界中で一番食卓をかざる食べ物、それは小麦粉食品だろう。うどんやそうめんなど和食、パスタやピザにファンの多い洋食、ラーメンやギョーザといった中華。それぞれ風土・文化をバックにした調理法は、コメ、トウモロコシと並ぶ3大穀物のなかでも、際立って多彩である。栄養価の高い小麦粉のルーツや加工法などについて5回にわたり学んでいこう。
 世界4大文明は大河に抱かれて誕生した。エジプト文明(ナイル川)、インダス文明(インダス川)、黄河文明(黄河)、そしてメソポタミア文明(チグリス・ユーフラテス川)。メソポタミアとはギリシャ語で「川の間」を意味する。この肥沃な三日月地帯で約1万年前、人類は野生の小麦に出会ったといわれる。
 小麦の外皮は、コメと違って硬い。このため種まき、収穫などは比較的やさしいわりに、食べるのはやっかいだ。すりつぶし、粉にして中身のでんぷんを取り出す。手間を要する。ところが、水でこねた瞬間、粘りと弾力をもつ生地に一変するではないか。小麦にしか含まれていないたんぱく質・グルテンの効果である。小麦は人類を農耕社会へいざなったばかりでなく、「粉食」をつうじ食を豊かなものにしたのである。
 古代エジプト。「エジプト人は、パン食い人だ」(ヘロドトス)と言わしめるほどパン文化の花が開く。ヨーロッパ・イベリア半島に入って、砂糖と卵を混ぜたカステラが生まれ、ポルトガル人により、織田信長の時代に日本へ運ばれてきたという。もっとも、小麦粉料理が日本へお目見えしたのは7〜8世紀、遣唐使らが中国から携えてきた唐菓子で、やがてめん食文化へつながっていくから、日本人と小麦粉の付き合いはずっと古い。
 小麦粉がここまで重宝がられてきたのは、グルテン量の多い順に、強力粉(パン)、中力粉(めん)、薄力粉(菓子)と、粉の性質が多様なゆえだ。用途に合わせ、使い勝手がとてもよい。これが各民族独特の食文化形成につながった小麦粉の魅力かもしれない。

  
女性と縁の深い小麦粉
 英語の“mill”は「工場」「製粉機」。原義は“millstone”、つまり「石臼」である。小麦粉をすりつぶす製粉器のことで、古代エジプトの遺跡からは、平らな石を使って小麦をこする彫像が出土している。中世ヨーロッパにおいて、“Lady(婦人、淑女)は「パンをこねる人」をさした。小麦の収穫の絵には古来、男性の姿が目立つが、製粉や調理などでは女性の役割も大きかったらしい。


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