子供たちの小麦・小麦粉コーナー

みんなの小麦粉研究室

第17回
小麦粉の民族学


祝いのごちそうは小麦粉食品だった
 多くの食べ物と同じく、小麦粉食にも民族や風土に根ざした歴史やしきたりがある。遠来の客に「パンと塩」をふるまうロシア式歓待はよく知られている。中国では赤ちゃんが生まれると、長寿を祝ってめんを打ち、みんなで食べるという。縁起かつぎだ。
 日本に小麦が入ってきたのは、大麦より1世紀ほど遅い4〜5世紀といわれる。平安時代の史書続日本紀(797年)によれば、麦類はひでり対策として栽培が奨励されたらしい。粒のまま煮たり、焼いて食べた。が、小麦の魅力はなんといっても粉食にある。
 わが国の粉食文化は、奈良時代から平安時代にかけ中国へ渡った遣唐使らが持ち帰った「唐菓子」にはじまるといわれる。小麦や米の粉を練り、揚げ、ゆで、蒸し、あるいは棒状に延ばしたりと、さまざまだった。このうち、小麦粉をもとにした索餅(別名・麦縄)はやがて、めんの太いほうから、うどん、ひやむぎ、そうめんといった日本独特のスタイルへつながっていく。とくに江戸時代、ひき臼が普及し、めん食は各地に花開くことになる。
 粉食を「ハレ」(晴れがましいとき)の料理としたのは、民俗学者・柳田国男。対して粒食は「ケ」(ふだんの生活)に際し用いるとしている。粉食は「第一には調製の労が多く、第二に我邦の風土が、穀粉の貯蔵に不便であった為かと思はれ」(定本柳田国男集第14巻「食制の研究」)と説明しているが、めでたいときは手間をかけておいしいものを、といわれてみれば納得のいく気がしないでもない。
 それにしても、そうめんの細さは芸術品といってよいほど精巧である。日本農林規格(JAS規格)によると、直径1.3ミリ未満。中には糸と見まがうものさえある。粉を水で練り、塩を加えることで小麦粉独特のたんぱく質グルテンの形成を強め、弾力と伸展性をまし、さらにめんの表面に食用油を塗って乾燥を防ぎつつ、よりをかけて一層長く延ばしていく。
 繊細な舌ざわり、のど越し、清涼感は、たくみな伝統のワザからきているのだろう。

  
せんべいのルーツは小麦粉製?
 せんべいには米粉、小麦粉をベースにした2系統あり、日本へは唐菓子の1種として入ってくるが、当時は、油で揚げた小麦粉製だったらしい。その後、弘法大師・空海(774〜835年)は小麦粉生地を板状に延ばして焼いた「亀甲せんべい」を持ち帰り、小麦粉製が人気を博す。うるち米を粉にして固め、焼いてしょう油だれをつけたタイプがはやるのは、ずっと遅く、江戸時代になってからである。

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