子供たちの小麦粉・小麦粉コーナー

小中学校新聞(体験学習編等)

 世界の4大主食って、知ってるかな。小麦、コメ、イモ、雑穀だ。とくに小麦は「穀
物の王様」といわれ、世界で最も主要な食物作物である。


 小麦粉で学ぼう〜西へ東へ「穀物の王さま」〜  

小麦との付き合いは1万年

 小麦はイネ科。そのルーツは、イランなど西アジア地域(古代オリエント)といわれる。氷河期の最後のころ、つまり今から約1万年前で、このころの新石器時代人は、野生のドングリ、ナッツ、豆類や仕とめた獣の肉など、なんでも食べていた。しかし、狩りの獲物は次第に減っていく。そのとき雑草のひとつとして、地面に実る麦を見つけたという。
 麦のよさは、収穫も貯蔵も簡単なことだ。しかも、栄養はほかの雑草にくらべ抜群。アッという間に食料の主流になってしまった。
 食べ方は当時から粉食が主だったと、専門家はいう。石臼でひき、水で溶いて焼いたとみられる。まだイースト菌で発酵させて焼くといったテクニックはないが、パンだね。
 「神の贈り物」である小麦はぐんぐん広がり、エジプトのピラミッドでも見つかっている。さらに、キリスト教の伝播とともにギリシャ、ローマをへてヨーロッパ中へ拡大。そして、イギリス、その植民地のアメリカへと西進した。
 一方、東の中国でも今から約2000年前の漢の時代にはすでに、盛んに小麦を作っていた。その粉食文化は、日本へも弥生時代に、朝鮮半島を通じて入ってきた。
 この間、パン、うどん、スパゲティ、マカロニなど、世界各地でさまざまな食べ方が生活を豊かにし、歴史を彩ってきた。
 たとえば、みんなもクロワッサンを食べたことがあるだろう。1683年、イスラム教徒のオスマン・トルコ帝国が、西欧への東の玄関口ウィーンを大軍で囲んだ。難攻不落。トルコ軍はトンネルを掘り、市中に攻め込もうとした。ところが、早起きのパン屋職人に音で気づかれ、失敗したという。ウィーンっ子はトルコ国旗の三日月をかたどったクロワッサンを焼き、勝利を祝ったと言い伝えられている。
 




 クロワッサンはマリー・アントワネットとともにフランスへ渡ったが、小麦粉がなかったら、このエピソードも生まれなかったろう。
 その140年前の1543(天文12)年には、種子島に流れ着いたポルトガル船は、鉄砲とともにパンを持ち込んだ。日本人が西洋風のパンと出会った最初でもあった。
 では、漢の時代に小麦粉を知っていた中国に、なぜパン焼き技術が伝わらなかったのだろう。もし伝わっていたら、日本人のパン食もずっと古かったかもしれない。歴史に「もしも・・・・・」はないけれど、でも、不思議だ。

(毎日中学生新聞 掲載)

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