小麦・小麦粉に係る話題

話題のバスケット

 小麦粉は人類の長い歴史の中で人々の生活と共にさまざまな発展をし、今ではなくてはならない食品材料となりました。この欄では、原料の小麦から加工品になって消費者の方々に食べていただくまでの幅広い小麦粉の世界をいろいろな角度から取り上げ、楽しく、ご参考になる話題として皆様にお届けします。

イーストでパンは膨らむ
 パンづくりに欠かすことができないイースト(酵母)は,単細胞の微生物です。19世紀中ごろ,フランスの科学者,パスツールがパン生地の中での酵母の働きを理論的に解明してから、ドイツのフライシュマン社などで酵母を工業的に製造し始めました。日本でも,明治の終りごろから酵母について研究や開発が進められ,昭和の初めにパン用の圧搾酵母の工業的な製造が始まりました。乾燥酵母がつくられるようになったのは,昭和20年以降です。
 酵母はパン生地中の糖分(小麦粉中にある糖,副原料として加えられた糖,および小麦粉中の損傷でんぷんから出てくる糖)を発酵して二酸化炭素(炭酸ガス)を発生します。この二酸化炭素が小さな気泡になって生地中に形成されたグルテンの網目のような膜に包み込まれ,温度が上がると膨張しますので,生地全体を中から押し広げる作用をし,パン特有の内相や食感を作り出します。発酵で同時にできるアルコール,エステル,有機酸などはグルテンの伸展性を増すと共に,パンに独特の味と香りを与えます。
 発酵して膨らんだ生地をオーブンで焼くと,グルテンが熱で凝固して冷えてもしっかりした形を保て,食感が良く,味と風味が良いパンになります。
 現在,生の圧搾酵母と乾燥酵母が市販されています。食パンをつくる場合には,小麦粉に対して2%くらいの生イーストを使います。



もち小麦が世界で初めて日本で生れた

 米にはうるち米ともち米がありますし,トウモロコシ,大麦,ソルガムにももち系統があることが知られています。しかし,小麦にはうるち系統だけで,もちはありませんでした。
 うるち系統の穀物のでんぷんはアミロース(約25%)とアミロペクチン(約75%)からできていますが,もち系統のでんぷんにはアミロースがなく,アミロペクチンだけからできています。アミロースの合成を支配するWx(ワキシー)遺伝子が正常に働くとでんぷんはうるち性になりますが,ごくまれにこの遺伝子が突然変異を起こすと,正常に機能しなくなってアミロースが合成されなくなり,もち性のものができます。
 稲は2倍体植物ですが,小麦は6倍体植物ですので,小麦の方が複雑な遺伝子構成になっています。そのため,Wx(ワキシー)遺伝子の数も,ゲノムと呼ばれる遺伝子(染色体)の1セット当たり,稲は1つですが小麦は3つです。したがって,小麦の場合に,これら3つのWx(ワキシー)遺伝子が同時に全部突然変異を起こす確率は,稲に比べて非常に低いといえます。そのため,これまで自然界にはもち小麦がないとされてきました。
 このような遺伝子の特性に注目して研究が行われた結果,1995年に旧農林水産省の東北農業試験場と農業研究センター(現在の独立行政法人農業技術研究機構の東北農業研究センターと作物研究所)でほぼ同時に,世界で初めてもち小麦を作り出すことに成功しました。東北農業試験場では「関東107号」と中国の「白火(ばいほう)」を交配したものに,トウモロコシの花粉を交配する「半数体育種法」を用い,数多くの中から2つのもち小麦を発見しました。農業研究センターでは「谷系A6099」と「西海168号」の組合せから5系統のもち小麦を見つけました。
その後,これらのもち小麦の実用化に向けての研究が行われていますが,まだ栽培特性や製粉性などに改良の余地があり,品種として出来上がっていません。もち小麦のでんぷんは粘りが強く,老化しにくいなどの特性を備えていますので,実用化が期待されています。
 なお,これら遺伝子に関する研究の成果は,めん用の小麦の育種にも応用され,アミロースの含量がやや低くて,めんの食感が良い品種がいくつか作られています。また,日本での研究成果に刺激されて,外国でももち小麦の研究が行われるようになりました。


(一般財団法人製粉振興会参与 農学博士 長尾精一)

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