小麦・小麦粉に係る話題

話題のバスケット

 小麦粉は人類の長い歴史の中で人々の生活と共にさまざまな発展をし、今ではなくてはならない食品材料となりました。この欄では、原料の小麦から加工品になって消費者の方々に食べていただくまでの幅広い小麦粉の世界をいろいろな角度から取り上げ、楽しく、ご参考になる話題として皆様にお届けします。

ベニヤ板の接着にも小麦粉
 建築材料として広く使われている合板(ベニヤ板)の接着にも、小麦粉は使われています。それも、食用にならない末粉が一番適しているのです。
 合板工場では、薄く平らに切った木材のシートの間にローラーを使って糊を平均的に塗布し、重ね合わせて加熱して接着していきます。その時に使う接着剤としては、尿素樹脂などの樹脂に小麦粉(末粉)を加え、混ぜてどろどろの状態にしたものを使います。末粉を加えますと、糊があまりさらさらでなく、粘り具合がちょうど良くなりますので、ある程度の厚みに薄く広げて塗ることができ、品質が良い合板を作ることができます。食用の1等粉や2等粉では糊がさらさらし過ぎて、塗りにくいのです。
 2等粉や3等粉クラスの小麦粉からグルテンを分けて取り出した「でんぷん」は、繊維、紙、段ボールの接着やサイジング、水産練り製品の粘着と食感向上、菓子の加工性向上、医薬品への配合などに幅広く利用されています。
 その他に、小麦粉には意外な用途がたくさんあります。今では化学糊を使うことが多くなりましたが、小麦粉で作った薄い糊で障子紙を貼ることができます。「麦漆(むぎうるし)」というのは、生漆に小麦粉を混ぜたものですが、接着力が強いので、こわれた陶磁器などの接着に使われます。
 チベットの一部では、小麦粉を水で練った生地をじゅうたんにたたきつけて、小さなごみをくっつけて取り除いているという話もあります。日本でも、昔は、小麦粉で作った膏薬を、おできやはれものに貼ったと言われています。


祈りを捧げる姿のプレッツェル

 三角形を三つ組み合わせたように見える「プレッツェル」の原形は、紀元前4世紀の頃からつくられていたようです。古代エジプト人が、神と人間と自然のサイクルを表わした三角形(ピラミッド)を特別に崇拝していたことから、古代エジプトがその起源だとも考えられます。中世のヨーロッパの僧院で四旬節用に小麦粉、食塩、水だけでこねて焼いていた「ブラセルス」という特殊なパンからその名前が来ており、両腕を胸のところで交叉して祈りを捧げている姿を表しているとも言われています。
 プレッツェルの生地は、小麦粉(ヨーロッパでは日本の中力粉または準強力粉クラスの小麦粉が使われています)に植物油、食塩、イーストなどと水を加え、こねて作ります。短めの発酵をしてから、生地を伸ばすか押し出してひも状にし、独特の形に編んで成形します。これを薄いアルカリの湯に浸して表面を少し糊化させ、大粒の食塩をふりかけて、オーブンで焼き上げます。
 光沢があり、塩味が効いたビスケット状の軽い菓子です。ドイツでは、ビールのつまみとしてなくてはならないものです。塩味が基本ですが、スパイスやチーズで味付けしたもの、チョコレートをかけたものなども作られています。
 11〜12世紀のころ、ヨーロッパではギルド制(同業組合)ができ、ドイツやオーストリアのパン屋さんは、業種を示す看板としてプレッツェルをかたどった紋章を店頭に掲げました。今日でもその地域では、この紋章を店頭に掲げているパン屋さんが数多くあります。


(一般財団法人製粉振興会参与 農学博士 長尾精一)

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