小麦・小麦粉に係る話題

話題のバスケット

 小麦粉は人類の長い歴史の中で人々の生活と共にさまざまな発展をし、今ではなくてはならない食品材料となりました。この欄では、原料の小麦から加工品になって消費者の方々に食べていただくまでの幅広い小麦粉の世界をいろいろな角度から取り上げ、楽しく、ご参考になる話題として皆様にお届けします。

兵食としてのパン
 古代ローマ帝国は軍用製パン所を持ち、海外出兵の時に兵隊たちに「ビスコッティノ」というビスケット様の乾燥した小さいパンを持たせました。11世紀にエルサレムに遠征した中世十字軍の兵隊たちが携帯して食べたのも、ビスケット様の小形のパンでした。ナチスドイツ軍も軍用製パン所を各国に持っていました。このように、西洋では昔からパンと戦争のかかわりは深いものがあります。
 日本でも、天保13年(1842)に江川太郎左衛門(担庵)が伊豆の韮山で兵糧パンを試作しました。江川担庵は韮山の代官を勤めており、大砲鋳造のために反射炉を築いたことで有名ですが、兵糧パンにも関心を示し、長崎から料理人を招いて、代官所の庭に築いたパン焼き用のかまどで兵糧パンの試作を繰返しました。このことから、江川担庵は日本のパン祖と呼ばれています。
 幕末には、水戸藩が軍用パンとしてのビスケットに着目し、その作り方を学んで、円形に穴を開けた「兵粮銭」と呼ばれた兵糧パンを作りました。薩摩藩や長州藩でも保存性が高い携帯用の食用パンを検討しました。
 明治10年(1877)の西南の役でも、ビスケットは兵食として使われました。明治30年代には、陸海軍が西洋の軍用パンの調査を行い、乾パンを採用しました。その後も、軍用パンの研究は続けられました。



パイのいろいろ

 パイ菓子に似たものは古代ギリシャでも作られていたようです。17世紀のフランスでそれが見直され、王室、貴族、レセプション用などに、工夫を凝らしたパイが作られました。現在もフランスではパイ菓子が好まれており、季節の変わり目やイベントの折に、さまざまなパイが食べられています。
 生地だけを成形して焼いたパイ菓子や料理の飾り、煮リンゴをパイ皮で包んだアップルパイなどのケーキパイのほかに、魚や野菜料理をパイ皮に詰めたパイ、チキンパイ、ミートパイなどがあります。
 パイ皮の作り方に特徴があります。フレンチタイプの折りパイでは、小麦粉(強力粉と薄力粉を半々に混ぜることが多い)と水で作った生地を延ばし、その中に直方体に切った固形のバターを包み、延ばしと折りたたみを繰り返します。生地とバターの層が交互になりますので、オーブンで焼いたとき、生地から蒸発した水分が熱で溶けたバター層によって逃げ場を失い、生地を層状に浮き上がらせます。それと同時に、加熱されて溶けたバターが生地に吸い込まれますので、揚げ物にやや似た感じになります。これらが組み合わさって独特の食感のパイ皮に仕上がります。
 アメリカンタイプの練りパイでは、小麦粉(薄力粉3に強力粉1くらいの割合で混ぜることが多い)にバター(ショートニングを使うこともある)を切り刻んで加えて混ぜ、冷水を加えてこねてから、折って延ばすことを数回繰り返します。折りパイに比べて加えるバターの量は少なめで、膨らみも少ないのですが、型崩れしにくく、サクッとした食感で、美味です。大形の菓子の台にしたり、料理用として詰め物やクリームを流し込んで焼くのに使われることが多いようです。
 皿型のディッシュパイ、角形のコルネパイ、長方形のアルメットパイ、木の葉形のリーフパイなど、いろいろな形を楽しむこともできます。大きさに特徴があるミニパイ(ブーシェ)や大形パイ(ヴォローヴァン)もあります。
 イタリア生まれのピッツァ、旧ソ連にはクレビャーカ、中国にはスウピンなど、パイの仲間はいろいろです。


(一般財団法人製粉振興会参与 農学博士 長尾精一)

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