小麦・小麦粉に係る話題

小麦粉のある風景

「月餅」と「饅頭」

ひらの あさか

中秋節のお菓子「月餅」

 旧暦の8月15日。現在でいえば9月中旬から10月初旬に行われる中国の伝統的な行事の「中秋節」は、別名「団圓節」とも呼ばれる。団圓とは、満月のかたちを表わし、これが一家団欒の象徴として中国の人はとらえている。そして、満月のような丸い形をした月餅がうまれた。
 古代(旧暦)には、7・8・9月の3ヶ月を秋として、ちょうどまん中にあたる8月15日を「中秋節」と呼んだ。中秋節には、都会に働きに出ている若者や嫁いだ娘たちも実家に帰り、家族が集まって一家団欒の時をすごす。家々では、月をめでながら、月餅や果物を供え、そして食べる。
 この時期に欠かせない月餅は、期間限定で売り出され、旧暦の8月初旬から十五夜まで店頭を飾る。親戚や友人、知人に月餅を贈り中秋節を祝う。この習慣が始まったのは、諸説があるが、有名な話では元の時代末期の戦の時に、月餅を贈り合う風習を利用して、あんの代わりに密書をしのばせて、連絡事項を月餅に隠して伝達を行ったという故事がある。
 代表的な月餅には、蓮の実あんに、あひるの塩漬け卵黄が二個入ったもの。包丁で切ると、あんの中に黄身が浮かび、満月を思わせる。あんの甘さに続いて、塩漬け卵の塩味が口に広がり、絶妙な味をかもし出す。日本でもおなじみのものは、小豆あんにドライフルーツや木の実の入ったもの。少々辛口なところでは、中国ハムやソーセージと木の実を入れたものもある。基本的な作り方は、薄力粉、強力粉、砂糖、ラードを合わせ、水を加えて練り上げてねかした生地と、薄力粉とラードを合わせてまとめたものを包み込むように生地を合わせてから、のし棒でのばし、丸い型で生地を抜いてから、あんを包んでいく。さらに月餅の型に入れ、形を整えたあとに、上の部分に水を吹きかけてからオーブンで焼き、焼き色がついたら、とり出して卵黄を表面にはけを使ってぬり、さらに焼く。


饅頭を発明したのは誰?
 饅頭の起源といえば、やはり中国。諸葛孔明が戦いの帰途にあった時、天候が変わって大嵐となり、河を渡ることができなくなった。この嵐を鎮めるには、河の神様に供え物をささげなければならないという進言が降伏した側の長からあった。その内容というのが、人間の生首49個、黒い牛、白い羊であった。孔明は戦で勝った方も、負けた方も多くの人がいのちを失ったので、これ以上の犠牲者を出すことはならないと、牛や馬をつぶして、小麦粉の生地で包んで蒸したものを生首に見立てて供えた。河の神様というのは、実は戦いで争った相方の戦死者だった。孔明が戦さをふり返り、河の神様を鎮めるための祭文を読み、供え物を河に投げたところ、嵐はおさまったという。三国志の中にある本当は恐い、饅頭の一説でした。
 さて、孔明のつくり出したとされる饅頭は現在の「包子(パオズ)」つまり、日本でいえば肉まんのような、肉を細かく刻み、野菜のあんを小麦粉の生地で包んで蒸したものでした。中国の饅頭の仲間には、いずれも小麦粉の生地に蓮の実あん、ごまあん、小豆のこしあんなどを入れて包んで形を整えて、蒸したものがあり、思い思いの形をしたもので、果物に見立てたり、仏様の手の形をあしらったものまである。


「饅頭」日本へ到来
 室町時代に中国から到来した禅宗文化。この時期に喫茶の習慣とともに伝わったのが、点心。つまり間食、おやつである。この中に含まれていたのが果物や饅頭で、めん類などもあった。
 実際饅頭は、鎌倉の末期に中国からの留学僧によって伝えられた。諸説があるが、一つは、宗から留学を終えて帰って来た聖一国師が、寺を建立するために博多に出向いた折にその地で出会った茶屋の主人栗波吉右衛門に留学先で覚えた饅頭のつくり方を伝授し、吉右衛門が後に「虎屋」という屋号で店を開いた。<伝わったのが、甘酒を生地に加えた「酒まんじゅう」である。>また、京都の僧侶が宗から帰国の際に弟子として伴ってきた林浄因。この人が奈良に居をかまえ、宗で会得した饅頭の製法をもとに饅頭屋を開いた。仏教の戒律で禁止されている肉が使えないため、小豆のこしあんを生地で包んで蒸したものを「奈良まんじゅう」として売り出した。これが現在の「塩瀬」の饅頭へと引き継がれている。


「饅頭こわい」二題
 町内の若い衆が集まって話をしているうちそれぞれの恐いものは何か、ということになった。ヘビ、ナメクジ、ドジョウから、そば、うどん、一人だけ「まんじゅうがこわい」という男がいた。若者たちは口々に、いろんな饅頭の名前をあげ、男をからかった。男はたまらず顔色を変えて、隣の部屋でふとんをかぶって寝込んでしまう。やつは、いつも威張っているから少しこらしめてやろうと皆の意見が一致して、饅頭を買ってきて、男の枕元に置いたら、何とその男は「こわい、こわい」と言いつつ、そこにあった饅頭を全部平らげてしまう。悔しがった若い衆は「本当は何がこわいんだ」と問いただすと「苦いお茶が一杯こわい」お察しの通り、男のこわいと言った饅頭は男の好物だったという落語「饅頭こわい」のオチです。もう一つは、ある小学生のはなし。おつかいで和菓子を買いに走ったA子ちゃんは、言いつかったお菓子がなかったので、大ぶりなおまんじゅうを見つけて、きっと喜ばれるだろうと勇んで帰ったところ、こっぴどく叱られた。大きいからいいと思って買ったおまんじゅうは何と「葬式饅頭」だったのでありました。とんだ饅頭こわいのおはなしでした。


まんじゅうの珍品
 東京名物「揚まんじゅう」。小麦粉生地にあんを包んだまんじゅうに、てんぷらの衣をつけて揚げたもので、揚げ立てもおいしいがさめてもいい。衣とあんの相性が絶妙です。同じように、茶まんじゅうに衣をつけて揚げた「まんじゅうの天麩羅」は福島の郷土料理です。
(食文家)
参考文献
「中華飯菜風味」西村康彦・文藝春秋
「中国料理大全」北京料理・小学館
「コムギ粉料理探究辞典」岡田哲・東京堂出版



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