小麦・小麦粉に係る話題

小麦粉のある風景

「シュークリーム」が食べたい

ひらの あさか

「シュー」ってキャベツなの?
 シュークリームの名は、フランス語のキャベツを意味する「シューchou」と英語の「クリームcream」を合わせた日本人お得意の造語です。本国フランスでは「シュー・ア・ラ・クレーム」。焼き上がった皮の形がキャベツに似ているところからこの名があり、“クリーム入りのキャベツ”という意味になります。ちなみに英語では「クリームパフ」となります。
 シュー生地の材料は小麦粉、バター、水と卵です。基本的なシュー生地の作り方は、水とバターを火にかけ、水が沸騰しバターが溶けたら、ふるった薄力粉を一度に入れ、まんべんなく混ぜてそのまま火にかけながら生地をまとめ、生地がひとつにまとまったら、ボウルに移して溶き卵と合わせてなじませる。これを少し冷まして絞り出し袋に入れ、天板にバターを塗って直径5cmくらいにまあるく絞り出し、焼く前に皮の表面に霧吹きで水をかけ、表面が固くならないようにし、オーブンで焼く。オーブンに入れたままよく乾燥させ、焼き上げたら上から1/3程度に切り目を入れ、カスタードクリームやホイップした生クリームをはさみ、表面に粉砂糖をふる。


じつは本家はイタリア

 時は16世紀中頃、イタリアのメディチ家の王女カトリーヌがフランスの王子アンリ二世に嫁ぎます。この時、製菓職人として王女と共にイタリアからフランスに渡ったポプラン(Popelin)が「パータ・シュー」(シュー生地)をフランスに持ち込んだとされ、生地を半焼きにして、生地の中身を取り出して詰め物をするというシュークリームの元祖ともいうべき料理が生まれました。諸説あれども、イタリアからフランスに渡ったシュークリームは、時を経て世界各地に広まっていきました。


シュークリームの仲間たち
 「エクレア」またの名を「エクレール」。
 フランスの菓子職人アントナン・カレームがこのエクレールを最初につくったといわれている。カレームは、これにチョコレートやコーヒーではなく、衣にカラメルを使った。シュー生地を長くのばした形でしかも衣がカラメル。おわかりですねエクレールはフランス語で「稲妻」というその名の通り、中身のクリームをこぼさないようにさっとひと口で食するものなのです。
 また、焼き上がったシュー生地に稲妻のような亀裂が入っているところから、その名前がついたという説もあります。
 「クロカンブッシュ」は、芽キャベツのようなプチシューをピラミッドのごとく積み上げて、まわりをあめ細工の花や砂糖菓子で飾りカラメルなどで固めたお菓子。フランス語でアン・ブッシュとは「口のなか」でクロッククロック「カリカリ」と音を立ててとろけていくという意味で、古くから儀式の後の宴席用の菓子として伝えられ、結婚式用のケーキとしても使われたりします。セレモニーが終わると精魂込めて作られたこの菓子は一瞬のうちに列席者に配られ、よろこびを分かち合うという意味も含まれているようです。
 「パリ=ブレスト」パリからブレストへ。リング状に形どったこのお菓子は、1891年に開かれた第1回パリ=ブレスト間の自転車レースの時に作られた。今では、知らない人のない自転車長距離レースのトゥール・ド・フランスができる前のこと。メゾン=ラフィットの菓子職人ルイ・デュランの店がコース沿いにあり、この菓子はシュー生地のエクレールに上質なプラリネを使ったクリームを詰めて、表面にスライスしたアーモンドをかけたもので、輪の形は、自転車の車輪を意識したのだと思います。


シュークリーム日本へ
 世界各地に広まったとはいえ、根強いシュークリームファンを持つのは、やはりわが国日本ではないでしょうか。
 シュークリームが日本に伝えられたのは幕末から明治初期頃だといわれています。
 横浜外人居留地で幕末からすでに洋菓子店を開いていたフランス人、サミュエル・ピエールがシュークリームを日本に伝えた最初の人だと考えられています。このピエールからフランス菓子を学んだ村上光保(むらかみみつやす)は、宮内庁大膳所(お食事係)に務めていて、宮内庁から横浜外人居留地に派遣されていたという。のちの1874年、麹町に村上開新堂を創業。現在でも生洋菓子の中にプチシューの顔がある。
 同時期に洋菓子店の老舗米津風月堂の番頭である米津松造も情報収集のため、横浜外人居留地を訪れ、1884年に米津風月堂では「シウ アラ ケレム」の名で菓子が販売され、1890年に新聞紙上で「シューアラクレーム」「エクレーアル」は紹介されています。
 また、1906年「食道楽」村井玄齋は、同書の中でシュークリームの家庭での作り方を仔細に紹介していることから、シュークリームは明治中期から後期には、日本に浸透しつつあったと考えられます。
 ぐっと下って、昭和30年代以降には、冷蔵設備も普及し、シュークリームをはじめとする生菓子は、身近に口にできるお菓子となりました。今ではシュークリームは、ショートケーキ、プリンと並んだ日本の三大スイーツとなり、洋菓子店はもちろん、コンビニの人気デザートとして君臨しています。さるゲームメーカーのプロデュースする池袋のとあるスペースでは、餃子、アイスクリームとならび、各地から選りすぐりのシュークリームの店が一堂に集まっていたりする。おそるべしシュークリームパワーなのであります。

(食文家)

参考文献
名前が語るお菓子の歴史 ニナ・バルビエ  
エマニュエル・ペレ 訳/北城美和子  
万国お菓子物語 吉田菊次郎 晶文社
洋菓子はじめて物語 吉田菊次郎 平凡社
ナムコ・ナンジャタウン    
東京シュークリーム畑のホームページ
http://www.namco.co.jp/tp/nt/park/maccheroni/chou-creme/


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