小麦・小麦粉に係る話題

小麦粉のある風景

「そば」よもやまばなし

ひらの あさか

禁じられた蕎麦
 蕎麦屋の屋号といえば、藪、更科、砂場などと並んで知られているのが「庵」。その大本になったのは、じつはお寺だったのです。
 江戸時代、お寺と蕎麦は密接な関係にありました。法事など仏事に供されるものはもちろん、振るまわれたり、贈り物としてもつかわれました。しかし、殺生を嫌う寺方のこと、蕎麦のつけ汁には鰹節は使えなかった。また、まだその頃は江戸の醤油(現在のこいくちしょうゆ)がそれほど多く出回っていないこともあり、蕎麦汁に使われていたのは味噌だれや、今日でも一部地域でみられる大根のおろしの絞り汁などが用いられていました。
 江戸川柳に「そば切に遊行の供の口が過ぎ」(誹風「柳多留捨遺」八)というのがあります。遊行とは、修行のため各地を歩いてまわる僧侶のことです。今でもそば好きには、こういう口うるさい人はいますが、蕎麦通を気取って、ごちそうになったそばの批評してしまったお供の僧を皮肉ったものです。
 ときは江戸、ところは浅草に、称往院という寺がありました。この中に「道光庵(どうこうあん)」という塔頭があり、これがいまの蕎麦屋「庵」の号の由来といわれています。
 道光庵の庵主さまは信州の出身で、蕎麦打ちの名人でした。最初は自家用に蕎麦を打っていましたが、庵の参詣者に手打ちの蕎麦を振るまううち、この蕎麦は評判を呼び、蕎麦を目当てにやって来る参詣者があとを立たなくなり、ついに親寺である称往院から、精進の妨げになるということで、蕎麦打ち中止を言い渡されます。しかし、この禁止令が守られなかったのでついには、寺の入り口に「不許蕎麦」と書いた蕎麦禁止の石碑を建てられ、蕎麦目当ての来訪者は門前払いされました。
 当時、蕎麦屋が屋号に「庵」をきそってつけたのは、「蕎麦切り寺」道光庵の名声にあやかろうとしたためでした。
 関東大震災以降、称往院は世田谷の千歳烏山に移ります。閑静な寺町の中を1キロほど歩いたところに、いまでも「不許蕎麦」の石碑を見ることができます。


江戸っ子「蕎麦」気質
 落語のまくらに江戸っ子の蕎麦の食べ方について語られることがあります。
 ふつうそば猪口に蕎麦つゆを少しはって、ざるに上がった蕎麦を箸にとり、蕎麦つゆにふれるかふれぬ程度しかそばをつけない。これが江戸っ子の食べ方ですが、蕎麦好きな江戸っ子が今際の際にこの世に思い残すことはないかと問われて「今生の別れに一度でいいから、たっぷりとつゆをつけた蕎麦が食べたい」といったという。なんとも、やせ我慢で粋がりな江戸っ子気質があらわれた話しです。


蕎麦屋の符丁
 お蕎麦屋さんにいくと「ご新規さん、もりを一枚お燗つきで願います」などという通しことばが聞こえてくる。これは、お客の注文を作り手に伝えることばで、お客の人数から注文の内容、出す順序などの段取りがすべてふくまれている合理的な仕組みになっています。「ご新規さん、もりを一枚お燗つきで願います」を直訳すれば「新しいお客さん燗酒を飲まれてからもりを作ってください」というような意味になる。もちろん、これは店によって言い方は若干異なりますが、おおよそこんな進行になります。「もりを二枚お一人さん、お声がかりで」となれば、注文はもり二つですが、いっぺんに二つのもりが出てくることはなく、ひとつ目を召し上がってお声がかかったところであと一つを出すという、客としては、なんともありがたい「間」なのです。
 「天ぷらともりでふたつ、おひとりさん」となれば、お一人さんには、まずは天ぷらから出して、その後にもりそばが出てくるといった按配で、御酒を楽しんでいるところへいきなりそばが出てくるという野暮なことがないよう、お店がとりはからってくれるのです。いまは悲しいことに、こういう機転のきく店もわずかしか残っていません。


ぶっかけそばと種物
 かけそばの原点ともいわれるのが「ぶっかけ」。そばの上に汁をぶっかけるので、その名のイメージの通り、あまり品がよくない大雑把な食べ物だった。その頃は正座をして丼は置いたまま食べていたので古川柳に「尻を高くしてぶっかけ娘くひ」など、見られない姿をしてぶっかけを食べている娘の姿が想像いただけるでしょう。いまのかけそばとは違い、たっぷりとしたつゆの中に蕎麦が泳いでいるという図ではなく、文字通り蕎麦にざぶっとつゆをかけただけのもので、食べ終わってつゆが丼に残らないようなものだったようです。その後、汁気たっぷりのかけそばが現れるようになり、さまざまな具をのせた「種物」が蕎麦屋の品書きに出てきます。
 「花巻」花巻とは、海苔をちらしたかけそばのこと。海苔を磯の花、波の花にもたとえられ、上等な海苔の香りが味を引き立たせる。
 「しっぽくそば」しっぽくとは漢字で書くと卓袱となる。卓袱料理からヒントをもらってつくられたもので、卵焼き、かまぼこ、椎茸、鶏肉などの具をかけそばの上に置いたもので、おかめそばの出現により、人気の座をゆずった。
 「あられそば」かけそばに海苔を敷いて小柱を散らした乙なそば。最近ではめっきり見かけない。

(食文家)

参考文献
蕎麦 江戸の食文化 笹井俊彌 岩波書店
江戸川柳飲食事典 渡辺信一郎 東京堂出版
芝居の食卓 渡辺保 柴田書店
蕎麦屋の系図 岩崎信也 集英社新書
改訂新版蕎麦辞典 上原路郎 東京堂出版




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