小麦・小麦粉に係る話題

小麦粉のある風景

小麦粉の「和菓子」

ひらの あさか

「長命寺」といえば
 「長命寺とやらがよいねへ桜餅」 (柳多留127)これは江戸川柳に出 てくる、ご存じ東京は墨田区向島、 隅田川のほとりにある長命寺の門前 にある『長命寺 桜もち』のことをよんだ句です。「長命寺」の呼び名は、 関東での「桜餅」の代名詞にもなっています。「長命寺」といえば「桜餅」、 「桜餅」といえば「長命寺」というよ うなものです。
 この「桜餅」を考案した初代の山本新六は、向島長命寺の門番でしたが、享保二年(1717年)八代将軍徳川吉宗が、隅田川沿いに百本近くの桜を植えたところ、桜目当てのお客が増えたのを見て、桜の葉を塩漬けにして、餅にあんを挟んでつくったのが「桜餅」のはじまりだったといわれています。
 小麦粉を水溶きして生地を薄く焼いた中に、上品な小豆のこしあんをはさみ、香り高い桜の葉の塩漬けを、ぜいたくにも3枚で包んだものです。
 対して、関西の「桜餅」は、道明寺粉を使ったもので、元は道明寺粉を使った生地をつぶあんで包んで、椿の葉で挟んだ「椿餅」がその原型だったといわれています。
 「とりわくるときの香もこそ桜餅」万太郎


「金鍔(きんつば)」といえば
 小麦粉の薄皮に包まれた中に、ほのかな甘みを秘めた「きんつば」。その生い立ちは、徳川五代将軍綱吉の頃、京都で考案された小豆あんをうるち米の粉で包んで焼いた「銀鍔(ぎんつば)」が最初で、米の粉を使ったことから銀の名があります。これが関東に下って、「銀よりも金のほうが上」こいつは景気もいいぞということで考えられたのが、材料に小麦粉を使って、つくった金色をした「きんつば」。銀から金に格上げされて、現在に至っているようです。
 「さすが武士の子金鍔を食いたがり」(柳多留112)これまた、江戸川柳に出てくる句ですが、当時の「きんつば」は、刀の鍔(つば)のように平らな円盤型だったので、その名がついたそうです。刀の鍔の形をした「きんつば」を武士の子が好んで食べたがるというのは、無理ありませんね。
 下って明治時代には、寒天を粒あんで包んで四角に固めた「角きんつば」が登場します。
 もちろん、表面には小麦粉を水で溶いた薄皮がついています。
 そして現在では、さつまいもでつくった芋あんや、紫いもをあんにして小麦粉生地で包んだものや、芋ようかんに小麦粉生地をつけて焼いた「芋きん」。小麦粉生地に抹茶を混ぜた「抹茶きんつば」。小豆あんに栗を入れた「栗きんつば」。小豆あんと桜の葉を加えて、ほのかに桜色を加えた桜あんの二色が楽しめる「桜きんつば」など、種類も豊富な「きんつば」が親しまれています。


「坊ちゃん」に登場した「きんつば」
 小説「坊ちゃん」に、主人公の坊ちゃんがお手伝いさんの清(きよ)にきんつばを買ってもらうシーンがあります。
 <母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は子供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。つまらない。廃せばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分の小遣いで金鍔(きんつば)や紅梅焼(こうばいやき)を買ってくれる>。
 甘党の漱石らしく、さりげなくお菓子が登場しています。ちなみに「紅梅焼」とは、享保年間に浅草仲見世に店開きをした「梅林堂」が、観音さまの境内にあった紅梅の木をヒントにつくった、梅の形をした小麦粉せんべいのことです。


無念の義元「今川焼」

 江戸末期、ところは神田堀近くにかかっていた今川橋の近くで売られていたといわれている「今川焼」。その名の由来には、諸説ありますが、一説には織田信長と今川義元の桶狭間の戦いを文字って「今すぐに焼ける<すぐに負ける>今川焼」といわれたことからその名があるとか。義元の無念いかばかりであったでしょうか。
 「今川焼」のつくり方は、丸型の片焼きに小麦粉に鶏卵、砂糖、水を加えたやわらかい生地を流し入れ、中に小豆の粒あんを入れてこの生地をふたつ合せた円筒形のお菓子です。同じようなつくり方でも、地域によって呼び名はさまざまで、「大判焼」「太鼓焼」関西では、その機械が回転することから「回転焼」とも呼ばれています。あんは、基本的には小豆粒あんがポピュラーですが、カスタードクリームやジャム、チョコレートクリーム、チーズ味などもあります。


「今川焼」の仲間
 京都で出会った「ロンドン焼」は、今川焼の半分くらいの大きさのカステラのような生地に、白あんが入っているもので、軽く3個はいただけてしまうといったものです。
 郷愁の「太郎焼」は、思い出の味。今川焼サイズの円筒形生地を割ると、はちきれんばかりに大粒の小豆あんが入っていて、焼きたてのアツアツのものを頬ばると、しあわせな気分になったものです。


思い出の「人形焼」
 
「人形焼」は、日本橋人形町が発祥地といわれていますが、軍配をあげたいのは浅草です。鳩、雷門の大提灯、五重塔などをかたどった浅草にちなんだ形をした「人形焼」です。カステラ生地を型に流して、上品なこしあんを入れたもの。ちょっと小ぶりな、あんなしのものは、大人の味がしたものです。

(食文家)

参考文献
江戸食べもの誌 興津要 朝日文庫
食辞林 日本の食べ物・語源考 興津要 双葉社
和菓子おもしろ百珍 中山圭子 淡交社
コムギ粉の食文化史 岡田哲 朝倉書店




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