小麦・小麦粉に係る話題

小麦粉のある風景

思い出の昭和給食
                       ひらの あさか
 今回は、小麦粉を使った懐かしい昭和の味がする給食レシピを紹介します。


郷愁のソフトめん

 ソフトめんは給食用につくられた柔らかいうどん状の細めんで、その正式名称は「ソフトスパゲッティ式麺」。食べた感触は、うどんそのものですが、洋物おかずにも対応しためんです。つくり方は、小麦粉、塩、水を混ぜてこねた小麦粉生地を何度ものばしてから切り、これを蒸してからゆでて、流水で洗い、水切りをしてから1人分をビニール袋に詰めたものです。


めん類とおかずのレシピ
 授業の3時間目あたりから、校内に広がる給食の香り、漂う香りでメニューをいい当てたりしていました。


「カレーシチュー」
 スープに玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、鶏肉は細かく切って入れ、カレールウを入れてしゃぱしゃぱに煮込んであります。これにソフトめんがついていて、これをちぎってカレーシチューにくぐらせて食べたものです。小ぶりな量のソフトめんですが、カレーシチューに全部放り込んでは、あふれてしまいます。あくまでも少量ずつをシチューに入れ、絡ませながらいただきます。


「ミートソース」
 こちらもソフトめんが登場するメニューです。玉ねぎ、にんじん、にんにくはみじん切りにして、玉ねぎ、にんにく、にんじんの順にサラダ油で炒め、合びき肉を加え、さらに炒める。たぶん昭和に御世には、ひき肉といえば、豚ひき肉だったように思います。ここへ小麦粉、つぶしたホールトマト、トマトケチャップ、ウスターソースなどを加えてじっくりと煮込み、塩、こしょうで味を調える。アルマイトのボウルにビニール袋から取り出したソフトめんを入れて、上からこのミートソースをかけてもらう。ソフトめんは、必ずしも温かではなかったので、少し冷めたスパゲッティ風うどんミートソースでした。


「うどん汁」
 これには、煮込んだ細うどんが入っていました。しょうゆベースの汁に玉ねぎ、鶏肉、ちくわの斜め薄切りなどが入っていて、かなり汁気はうどんに吸われていましたが、温かくてほっとする味でした。


「ちくわの磯辺揚げ」
 焼きちくわは縦半分に切り、小麦粉を水で溶き、青のりを加えたころもをつけて油で揚げる。


「すいとん汁」
 小麦粉に溶き卵、牛乳を加えて耳たぶくらいの柔らかさに練り、寝かせておく。だし汁に鶏肉の細かく切ったもの、大根、にんじんのいちょう切り、油揚げの短冊切りなどを入れて煮てしょうゆで味を調える。ここへ小スプーン大の小麦粉生地を落として、浮かんだらできあがり。


給食の王道、洋風レシピ
 思えば昭和40年代の給食の主食はパンでした。そのせいもあって、全体的には洋風のメニューが多くありました。


「マカロニサラダ」
 細いマカロニはゆでて、きゅうり、にんじん、玉ねぎは小さく薄く切って、にんじんと玉ねぎは軽くゆでてあったような気がします。これらを合わせて、今のようにリッチではないマヨネーズで和えてありました。甘味も少なかったし、マヨネーズの酸味もいまひとつだったように記憶しています。それでも、かなり人気のある食べ物でした。


「クリームシチュー」
 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、鶏肉は少し大きめの賽の目に切り、炒めて小麦粉を加えてさらに炒めてから洋風スープの素、牛乳を加えて煮込んだもので、食パンをちぎって、シチューをたっぷりつけながら食べました。


「白身魚のフライ タルタルソースがけ」
 白身魚の切り身は塩とこしょうをふり、小麦粉、溶き卵、パン粉をつけて油で揚げる。タルタルソースは、固ゆでした卵とスイートピクルスはみじん切りに、玉ねぎとパセリもみじん切りにして水にさらす。マヨネーズに酢、材料を混ぜ合せて白身魚フライにかける。


給食の花形はパン
「コッペパン」
 名前の由来は、フランス語で「切る」を意味するCoupeといわれています。また、フランスパンに小型の“クーペ”というパンがありますが、皮が硬く、切込みが一筋入っています。給食のコッペパンは、切り込みは入っておらず、皮と生地も柔らかで、ちょうど生地の配合は山型のイギリスパンとほとんど同じで、形はフランスのパン、生地はイギリスのパンという柔らかくて日本人好みのパンなのです。この切り込みのないコッペパンの腹のあたりを手で裂いて、マーガリン、チョコマーガリン、ピーナッツペースト、マーマレード、イチゴジャムなどを塗って食べたり、ここへマカロニサラダ、やきそば、ナポリタンなどのおかずをはさんで食べたものです。


「揚げパン」
 コッペパンをベースにした揚げパンで、コッペパンは揚げてから、きな粉に砂糖、塩、シナモンを合わせたものをよくまぶして仕上げる。


「食パンの揚げパン」
ラスクほど硬くはなかった食パンの揚げパンは、パンが1枚入る紙の袋に入っていました。揚げた食パンには、その頃、家庭ではあまり使われていなかったグラニュー糖がふんだんにまぶしてありました。パン1枚と、ちょっと物足りなかったのですが、月に数えるほどしか登場しなかったパンでした。ほとんど毎日食べていた「食パン」は、小学校の頃は2枚、中学に入った時分には3枚あったように記憶しています

 
  (食文家)


*今までに、掲載したものは「メニューリスト」の「バックナンバー」の項目に入っていますので、ご覧ください。