小麦・小麦粉に係る話題

小麦粉のある風景

パスタの周辺
                       ひらの あさか
パスタのためにつくられた「フォーク」

 19世紀前半、ナポリやシチリア一帯を治めていた王様は大のパスタ好きで知られていました。ある日のこと王様が、式武官を呼びつけ、次の晩餐会のメニューについて、話を持ちかけました。「いつものフランス料理ばかりで、国賓を迎えるというのに、南イタリアらしい料理がない、1品加えてほしい」というのです。これはパスタをメニューに加えろという王様の暗黙の指示だと思い、式武官は頭をかかえました。


 というのも、この時代パスタは庶民の食べ物で、生地をつくるのに、小麦粉を足で捏ねるのは、いくらゆでてから食べるといっても清潔な感じがしないし、つくり方を聞いたら、高貴な人たちはきっと食べたがらないかもしれない。またこの頃、パスタを食べるための道具はなく、その食べ方は、大きい皿にゆで上げたパスタを盛りつけ、その皿を膝に置いて、パスタを指でつまみ上げ、頭のあたりまでかかげて、口を上に向け、パスタを口の中に放り込むという、あまり行儀のよくない食べ方でした。


 式武官は、甥っ子に相談して、パスタを足で捏ねずにつくることのできる機械の開発を依頼。それを小耳に挟んだ王妃は、国賓を招く晩餐会に、パスタを出すことを拒みました。「王様は平気でパスタに指を突っ込んで、指先をソースだらけにして」と嘆く。王妃は式武官を呼んで、生地を捏ねる機械だけでなく、上品にパスタを食べる道具をつくるように命じました。それから式武官の甥はパスタを食べる道具の発明に没頭しました。下品な手づかみを嫌う人は、パスタをナイフに巻きつけて食べる。またナイフを両手に持って、両方のナイフでパスタをつまみ上げて、口に運ぶ人もいる。これらも決して優雅ではない。


 そこで彼が考えたのがフォークでした。でも当時のフォークは先が尖っていて、肉を刺すための2本歯があるだけの道具で、歯と歯の間があいていて、とてもパスタを巻きつけてすくえるような代物ではありません。もっと歯と歯の間隔を狭くして、歯をもう少し増やせば、パスタをうまく巻きつけることができるのではと考えました。試行錯誤のうえ、思いついたは、式武官のいっていたフランスの宮廷で使われているデザート用に使われていた4本の歯があるフォークでした。すでに17世紀頃にはあったとされる4本歯のフォークは、実用品としてではなく、むしろ装飾品のような存在で、歯先も尖っていませんでした。


 考え出されたフォークは、パスタを優雅に食べるには最適で、急速に普及していきました。またフォークのおかげで、パスタはその後、イタリア料理のディナーのコースに入るくらいの料理に昇格したのでした。

 

日本でのフォーク

 「熊手様のもの付けて差出し候」福沢諭吉『福翁自伝』。熊手様とは、フォークを指すようで、西洋人は箸を用いず、料理にはフォークが添えられて出てきたというような意味になります。アメリカを渡ったあとに、諭吉は西洋文化を伝えたいという思いから『西洋衣食住』『西洋事情』など数々の本を出版しました。


 『西洋衣食住』(1867年)の中で、諭吉は「西洋人は箸を用いず、肉類其の外の品々、大切(おおぎり)に切りて平皿に盛り、銘々の前に並べたるを、右の手に庖丁を以てこれを小さく切り、左の手の肉刺に突掛けて食すなり」庖丁はナイフ、肉刺とはフォークのことをあらわしています。スプーンもまたその頃は珍しく「汁ものも矢張平皿に入れ、匕(さじ)にて吸うなり」とスープをスプーンですくって飲む様子が書かれています。まだ日本では、お膳はあってもちゃぶ台はなかった時代に、テーブルにクロスが敷かれナイフ、フォークなどが配置されている西洋の食事台(テーブル)が図入りで紹介されています。

 
パスタにまつわる名言


 「パスタについての第一の真実と言えば、孤独を認めないということではないだろうか。菜の葉のオレッキエッティやスパゲッティ・アッラマトリチャーナはみんなでワイワイ食べるものであって、もし仲間なしで食べるとしたら、ひどく憂うつなものだろう」ジャーナリストのオーリオ・ヴェルガーニの言葉


 「酒は真ん中、実は底、オリーブ油は上澄みが一番上等だとは、こりゃあ常識だろうが」古代ギリシャ末期の随筆家プルタルコス『食卓歓談集』。食卓を囲んで歓談し合った記録といわれている。ものには、賞味する要領があって、甕からすくう場所によって、味や質が変わってくるのは、どうしてか。空気に触れるかどうかで良し悪しが決まってくるというような内容が議論されていたとか。


おいしいのに貧乏人の食べ物!?

 「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」
アーリオ(aglio)はにんにく。オーリオ(ollio)はオイル。ペペロンチーノ(peperoncino)は唐辛子。具材を並べただけのネーミングですが、イタリアでは具材が少ないことなどから「貧乏人のパスタ」「絶望のパスタ」などと呼ばれていたりします。にんにくは薄切り、種を取った赤唐辛子の輪切りを、オリーブオイルを加えたフライパンに入れてじっくりと炒め、パスタをゆで、ゆで汁をここに少し加えることで、ソースが乳化してトロッとします。最後にゆで上がったパスタを加えて和えます。
  (食文家)
<参考文献>     
料理人たちの饗宴 桜沢琢海 河出書房新社
食の名言辞典 島崎とみ子(諭吉) 東京書籍
  守津早苗(プルタルコス)  
パスタ万歳!  マルコ・モリーナ編 菅野麻子訳  ベルタ出版
   
 


*今までに、掲載したものは「メニューリスト」の「バックナンバー」の項目に入っていますので、ご覧ください。