小麦・小麦粉に係る話題

小麦粉・地域の食文化料理

*今までに、掲載したものは「メニューリスト」の「バックナンバー」の項目に入っていますので、ご覧ください。
 ○ 磯部せんべい (群馬県)


この料理の由来・おはなし
 小麦の主要産地である群馬県では古くから粉食文化が色濃く伝えられており、様々な郷土食があります。その代表とも言える「焼きまんじゅう」と「おっきりこみ」についてはすでに本誌5月号で取り上げられているので、今回は「磯部せんべい」をご紹介いたします。
 「磯部せんべい」は群馬県西部の安中市にある磯部温泉の土産物として知られる小麦粉と砂糖を主な原料とし、源泉である磯部の温泉水で練り上げ、薄く焼いたものです。せんべいというと米を原料とするものが多いのですが、小麦粉を原料とした少数派せんべいです。イメージとしては風月堂の「ゴーフル」の間にはさんであるクリームを除いた外側を思い浮かべていただけば結構です。
 磯部温泉は江戸時代天明3年(1783年)の浅間山の噴火により温泉が大湧出したことが始まりとされています。この温泉水は太古の岩石の中に閉じ込められた海水に炭酸ガスが溶けて出来た地下の資源で、多量の炭酸水素イオンを含む強ナトリウム炭酸泉です。早くから健康回復に効果の高い優良な泉質であると言われておりましたが、1873年 磯部の医師 堀口謙斎(ほりぐち けんさい)の研究によりその温泉水の高い効能が確かめられたことから、当時の県衛生局により飲用したり食品として加工することを認められました。
 明治19年に高崎―磯部間に鉄道が開通し、磯部温泉の名が知れわたるようになり、すでに食品加工として利用可能となっていた温泉水を使用した「磯部せんべい」が土産物として考案されました。
 社会政策学者であり食にも造詣の深い法政大学名誉教授二村一夫氏は自らの著書「食の自分史」で子供の頃(昭和10年代前半)の思い出として「磯部せんべい」につき次の様に記しております。(当時長野県諏訪に住んでいた二村少年の父上が東京へ出かけた帰りに買ってきた食べ物について思い出を語ったものです。)

 「信越線沿線の安中か横川あたりで売られていた「磯部せんべいも」好きな菓子だった。ややローカルな菓子だから、よその地域の方はご存知ないかもしれないが、温泉せんべいの一種、群馬県は磯部鉱泉の特産品である。なによりサクサクした軽い歯触りが好きだった。(中略)温泉せんべいは温泉まんじゅうと並び、温泉場では定番の土産品だから、同種のものは全国各地にある。関西では有馬温泉が有名だが、有馬よりは磯部の方が古くからあったらしい。


 有馬は明治の末、磯部は明治10年代が始まりだという。」しかし同氏によれば温泉せんべいの発祥が「磯部せんべい」であるかについては否定的です。チェコに「コロナーダ」と呼ばれる温泉せんべいと同じような甘い薄焼き菓子があるそうで、「コロナーダ」にはボヘミアの有名な温泉町カルロヴィ・ヴァリーの温泉水から取れる塩「カルルス塩」が加えられています。「カルルス塩」は消化を助ける薬としても使われているそうです。この「コロナーダ」こそが日本の温泉せんべいの祖先であり、磯部せんべいも誰かが「コロナーダ」の話を聞いて作り始めたものだろうとしております。

 「磯部せんべい」の製造者は温泉街を中心に十数軒ありますが、原料や生地の作り方や焼き方等お店によって工夫があり、色々な味があります。老舗の一つ「名月堂」では地元群馬県産小麦粉と砂糖を配合したものに菜種油(圧搾油)を少量加えているそうです。店頭ではこの道40年の職人さんが一枚一枚丁寧に手焼きする姿を見ることが出来ます。

(群馬県製粉工業協同組合)